開催概要

CT委員会は2020年6月8日、オンラインシンポジウム「Withコロナ、Postコロナでの街のあり方について」を開催した。新型コロナウイルス感染症の影響で、「街に賑わいを作ること」を街づくりの指標とすべきかに疑問の声が上がっている。本シンポジウムでは、CiP協議会 City&Tech 委員会 委員長の石戸奈々子をファシリテーターに、「今後、街の豊かさの指標はどう変わっていくのか」について意見を交わし、次回以降、働き方、暮らし方、スポーツやエンタメの楽しみ方などさまざまな側面から議論を深めていく。第一回の模様を紹介する。

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・日時:6月8日(月) 12:00-13:00
・登壇者 (五十音順)

生貝直人氏
東洋大学 経済学部総合政策学科 准教授
石戸奈々子
慶應義塾大学教授、City&Tech 委員会 委員長
佐倉統氏
理化学研究所・革新知能統合研究センター
澤邊芳明氏
株式会社ワントゥーテン 代表取締役社長
関治氏
ソフトバンク株式会社 デジタルトランスフォーメーション本部 第四ビジネスエンジニアリング統括部 第2部 部長
田中敦典氏
東急不動産株式会社 都市事業ユニット都市事業本部ビル事業部 グループリーダー
中川裕志氏
理化学研究所・革新知能統合研究センター
中村伊知哉
iU学長、CiP協議会 理事長
花野修平氏
東急不動産株式会社 都市事業ユニット都市事業本部ビル運営事業部 課長補佐

スマートシティを考える上で高まる「B2G」データ活用の重要性

初めに東洋大学経済学部総合政策学科准教授の生貝直人氏が、データ活用の法政策を研究する立場から、コロナ禍で注目が高まっている「B2G」の概念について説明した。主な内容は以下のとおり。

▲生貝直人 氏:東洋大学 経済学部総合政策学科 准教授

「B2G(Business to Government)」とは、民間企業が持つビッグデータを政府など公的機関が活用して公益にフィードバックしていくという概念です。新型コロナウイルス感染症などパンデミックへの対応という観点では、安全なスマートシティ作りにB2Gの取り組みが寄与すると期待されています。

ヨーロッパでは、すでに2~3年前からB2Gのデータ共有の枠組み作りを始めています。より良い都市計画、交通安全・交通管理の改善など公益のために、民間企業が持つデータを使うルールを「B2Gデータ共有の原則」として定めています。さらに、2020年2月に発表された「欧州データ戦略」では、2021年にデータに絞った法律「Data Act」を欧州全体で作ることを明確に示し、「公益のためのB2Gデータ共有」をその中心に置いています。

日本では新型コロナウイルス感染症の拡大によってようやく、この種のデータ活用が注目されたところです。スーパーシティ構想などで、政府や自治体など「公」のデータを「民」に開放する仕組み作りは活発で、法制度整備も進んでいますが、逆に「民」から「公」へのデータ提供はこれまでほとんど議論されることがありませんでした。今後、ニューノーマルのスマートシティを考える上で、B2Gは重要な問題になってくると思います。

ただ、政府や自治体がさまざまなデータを使う場合、厳格なプライバシー保護が欠かせません。このため、私も参加するタスクフォースで、来年の通常国会に向けて個人情報保護制度の見直しを進めており、これまで民間事業者のみを対象としていた個人条保護委員会の権限を政府機関にも適用する方向となっています。このように、スマートシティにおけるデータ活用と、そのために必要なプライバシー保護の仕組みについて、改めて考えなければいけない時期に来ています。

進化論・人類学の視点では相手と接触してのコミュニケーションは根源的な欲求

続いて、理化学研究所・革新知能統合研究センターの佐倉 統氏が、進化論と人類学の観点から「コロナ後の街」をテーマにプレゼンした。

▲佐倉 統氏:理化学研究所・革新知能統合研究センター

進化論や科学技術の観点から、Withコロナ、Postコロナの街を考えてみます。少し前に東京都の職員が東京・新宿の歌舞伎町で3密回避を呼びかける新聞記事を読み、「コロナ予防の観点で重要とはいえ、夜の繁華街で3密を避けろというのは、その存在意義の根本的な否定ではないか」と感じました。相手と接触してのコミュニケーションや情報共有は、生き物としてのヒト、ホモ・サピエンスが持つ根源的な欲求特性です。人類は旧石器時代以来、集まり、接触して情報を交換し、社会を作って役割分担することで進化してきましたが、その根本である移動の権利や自由は、近代においても人権の最も重要な要素の一つです。つまり現在は、人類が長い歴史の中で築いてきた最も根本的な部分に制限がかけられていることになります。

英国の人類学者ロビン・ダンバーは、人間のコミュニティは元々、「150人程度の規模だった」としています。逆に言えば、人間らしい生活を送るには「150人」のリアルなコミュニティが必要なのですが、それがコロナ禍で「1人」になってしまっている状況です。150人をどうやって担保するのか。ITを活用すれば良いのか。難しいところです。150人規模のコミュニティがないと人間生活が保てないのであれば、Postコロナ、アフターコロナでは以前と大きく変わらない方向に揺り戻しが来るだろうと思います。

自然とテクノロジーの融合で新たな街の魅力を発信する

続いては、株式会社ワントゥーテン 代表取締役社長の澤邊芳明氏が登壇。同社が国内外で実施してきた街づくりの実例について紹介した。

▲澤邊芳明氏:株式会社ワントゥーテン 代表取締役社長

私たち、ワントゥーテンでは、国内外で街づくりに参画しています。その現状を2件、紹介します。1つは、プロジェクションマッピングとMR(Mixed Reality)を活用した屋内型エンターテイメント「羽田出島」です。9月に羽田空港近くにオープン予定でしたが、こういう体験型施設にもコロナの影響は及んでおり、50%の人数制限に合わせた体験内容の再検討、MRやVRで使用するグラスの消毒、密にならない動線作り、オンラインとの併用などが求められています。

人が集まることを前提としたこのような都市型エンターテイメントは今、ことごとく開催できない状況です。今後、私たちは、東京・竹芝地区でも同様の取り組みを検討中で、どう取り組み、どう進化させていくべきなのかについて議論を重ねていきたいと思っています。

もう1つは、シンガポールのセントーサ島で毎晩実施している「Magical Shores」で、長さ400mのビーチをライトアップやプロジェクションマッピングで彩るランドアートです。

現在はシンガポール政府の指示で中止されていますが、ビーチと緑の自然を活かしたコンテンツは、湾岸や浜離宮・芝離宮を擁する竹芝地区にも通じるところがあります。日本は地震のリスクから湾岸地域の開発が遅れ気味ですが、海をもう少しうまく活用できれば、竹芝ならではの密を避けた楽しみ方も生まれてくると思います。このあたりも議論したいと思います。

誰もが時間や場所の制約なく暮らしていける自由が重要なテーマに

続いて、ソフトバンク株式会社の関 治氏が、人々の街に対する意識にコロナが及ぼした影響について説明した。

Postコロナ、アフターコロナの街づくりを考える時、私たちが緩やかに目指してきた世界観や価値観が、コロナ禍を契機に一気に加速したことを実感します。テクノロジーの浸透という視点では、一気に10年分の階段を駆け登った印象です。例えば「働き方改革」は、本来「ライフスタイルに合わせた多様で自由な働き方」を目指すものでしたが、現実的には多くの企業で、残業を抑制するための変革にとどまっていました。しかし、コロナ禍を契機に、テレワークの促進など、本来の意味でのワークスタイル変革が一気に進みました。

また、これまでの都市は人を集めて効率的に仕事を回すために、容積率を緩和した特区に超高層ビルを建てて経済を活性化するような考え方が基本でしたが、今後はそういう一極集中型ではなく、徒歩や自転車の行動範囲で働き、生活することが求められるようになるでしょう。建物や都市の価値観も、誰もが時間や場所の制約なく暮らしていける自由が重要なテーマになると思います。

Society 5.0も元々は「人間中心の社会」がテーマです。人ではなくモノが動き、人に合わせて街や建物が変わるようなことを実現するのはテクノロジーであり、人が自由に行き来することで変わる生活スタイルを支えるのは通信インフラです。もしネットワークが止まってしまえば、こういう変化も全て実現できなくなりますので、弊社はそういった社会インフラ、通信インフラを運用する責任感、使命感を再確認しつつ、次の街づくりにも微力ながら役立っていきたいと考えています。

住む場所や働く場所を「主体的に選択」できる仕組みづくりが重要

東急不動産株式会社の田中敦典氏は、コロナ禍で変わる街の価値観について解説した。

▲田中敦典氏:東急不動産株式会社 都市事業ユニット都市事業本部ビル事業部 グループリーダー

多くの人は、仮に大地震や大雨に襲われてもある程度、生き延びられると思って街に暮らしています。そういう「何となく」の安心感をベースに経済活動が行われ、賑わいが生み出されてきました。

ところが、今回の新型コロナウイルス感染症の拡大により、街、特に大都市が感染症に脆弱であることを思い知らされました。コロナが終息しても、新たなウイルス感染症のリスクは残ります。自然災害に対しては、街を頑丈にすることで安心・安全を提供できましたが、感染症は、長期間の経済封鎖を行わずに蔓延を最小限に抑える対策をとれるかが問われることになります。もし、対策の効果が薄いなら、感染症の特効薬ができるまでは人の移動を制限するなどで対策するしかありません。

Postコロナ、アフターコロナの観点では、当面は、大都市への集中や密集を回避する動きになるでしょう。多くの人は、必ずしも高い家賃を払って大都市やその近郊に住み、満員電車に揺られて通勤する必要はないと感じています。一方で、地方で同じ仕事ができるとしても、子どもの教育機会、家族が文化芸術に触れる機会が都心部と同等以上に確保されないと、住む場所や働く場所として選択することが難しくなると思っています。

最終的に人々が都心への回帰を選ぶのかはわかりませんが、私たちにできることは、テクノロジーの力を借りて街の現状を可視化し、人々が住む場所、働く場所、遊びに行く場所が安全かどうかを見極められ、主体的に選択できる仕組みを作ることだと考えています。

Postコロナの街は「物理的な都市空間」と「情報的な都市空間」が分離する

理化学研究所・革新知能統合研究センターの中川裕志氏は、コロナ禍で変わる生活様式についてプレゼンした。

▲中川裕志氏:理化学研究所・革新知能統合研究センター

今後の街のあり方について、「物理的な都市空間」と「情報的な都市空間」が分離していく傾向が強くなると考えられます。分離のあり方を調査し、方向性を提案していく必要があります。そこで、街の機能はコロナ禍の前後でどう変わるのか。表面的には、すぐには変わらないと思います。ニューノーマルの生活で、キャッシュレスや宅配は増えていますが、これらはコロナ前から継続した動きで、新しい変化とは言えません。

働き方では、テレワークの実用性が認められてきた一方、テレワークに全く向かない職種があることもわかってきました。テレワークに向かない職種については、物理的空間を共にしない仕事のやり方を考えていくことが重要です。「一緒に仕事をしないと効率が上がらない」と言う人がいまだにいますが、都市に人が集中することによる感染症拡大のリスクが認識されたのですから、こういう考え方は変えていかなくてはならないでしょう。

人々の移動傾向は明らかに低くなります。特に航空業界などは厳しい状況になるかも知れません。一方で、人力の移動、すなわち自転車人気が加速する可能性は高く、実際、イギリスなどでは自転車専用道路を増やそうとする動きが出ています。都市への集中と分散については、テレワークが進めば当然分散ということになりますが、最大の問題は子ども教育で、どこまで遠隔教育でカバーできるのかは難しいところです。今後、人間対人間の対面で行う教育と、知識を遠隔で勉強できる教育を分けて考えていくことが、都市のあり方から考えても非常に重要です。遠隔医療・診療の促進も進めていく必要があるでしょう。こういったことが街の設計にどういう影響をもたらすのか、私たちは議論を深めていく必要があります。

コロナ禍でこれまでの街が「得たもの」と「失ったもの」とは

続いてCiP協議会 理事長の中村伊知哉が、コロナ禍で得たものと失ったものについて考察した。

▲中村伊知哉:CiP協議会 理事長

CiPは、テックアンドポップの特区を東京港区のベイサイドにある竹芝地区に建設することを目的とした協議会で、石戸さんが委員長を務めるCity & Tech委員会の母体です。City & Techは、この街に5G、8K、ロボット、ドローン、MaaS、テレイグジスタンス、AI、ブロックチェーン、データ基盤など、あらゆる最新テクノロジーを集積させようとするプロジェクトです。同時に、人が集積する街としても設計してきましたが、コロナで状況が変わった今、再設計の必要があるのかな、と考えています。

皆さんのプレゼンを聞いていて、コロナで私たちが失ったものや新たに得たものには、取り戻すべきもの、残すべきもの、捨てたほうがいいものがあると感じました。いわゆる「パンとサーカス」では、「居酒屋」や「ライブのエンタメ」や「スポーツ」は取り戻したいし、「Zoom飲み」や「ライブ配信」や「eスポーツ」はそのまま残したい。仕事で言えば、「テレワーク」は加速すべきものである一方、「ハンコ文化」や「満員電車」は捨てたほうがいい。そういう再設計、あるいはバランスが「ニューノーマル」なのかなと思います。

ただ、20世紀末から、高度情報化社会としてICTを進化させて、誰もがどこでも活動できる設計を目指した結果、加速したのは大都市への集中でした。振り返れば、14世紀のペスト、19世紀のコレラといった世界的パンデミックを経ても都市集中は進んできました。

この傾向は大きくは変わらないのかも知れませんが、そこに、テクノロジーで変わるものを上乗せすることは可能です。佐倉さんが言うIT、生貝さんが言うB2Gデータ、澤邊さんのデジタルアートなどをどう実装していくのかということでしょう。大事なことは田中さんが言う、自ら主体的に選択できる状況をどう実現するか、ということだと思います。

もう一つ注目しているのは、14世紀のペストで教会や領主の権威が低下し、結果として生まれたのがルネサンスだということです。パンデミックの陰で文化や科学の新しい潮流が生まれた歴史を振り返って、コロナがこれから何を生もうとしているのか、長い目で見ることも忘れずにいたいな、と思います。

「自助」ではなく「共助」の精神で「街全体が助け合う」機能が大切

最後に東急不動産株式会社の花野修平氏が、コロナ後の街での安心・安全のあり方について見解を述べた。

▲花野修平氏:東急不動産株式会社 都市事業ユニット都市事業本部ビル運営事業部 課長補佐

個人的には、Postコロナ、アフターコロナの街も基本的に現在とあまり変わらず、「人が集まる街」であり続けると思っています。ただ、そこで暮らす人々の安心・安全に対する意識が高まっていることと、暮らし方の選択が多様化していることは、コロナ前と大きく変わってくるでしょう。この2点を街としてどう受け入れていくのかが大切になります。

これまでの街は、多くの企業が街づくりに参画していても、基本的には個別に事業を展開していました。しかし、Postコロナ、アフターコロナの街づくりでは、事業者が単独で街の安心・安全を担っていくのは困難です。そこで事業を行う人、住んでいる人、学んでいる人を含めた街全体が助け合う、「自助」ではなく「共助」の精神を持った街づくりが必要だと思います。

実際、エリアマネジメント活動で地域のいろいろな人々と会話をしていくと、これまで独自のPR展開しかしてこなかった事業者が街全体でPRを考えたり、お互いの店舗で融通し合ったりする動きが出てきています。私たち不動産会社は、エリアマネジメントという形でその先導役を果たしていければいいな、と思っています。

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